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2013年2月23日 (土)

2013年2月23日

Dmcgf1_05

Industar-22 on DMC-GF1。これをやりたくてGF1を買ったと言っても過言ではありません。

Industar-22はもともとソビエト製のレンジファインダー機、Zorki-1に標準搭載されていたもので
バルナックライカ風な風貌が気に入って入手したものの長きにわたって放置していました。
原因はフィルムカメラであること(笑)と、フィルムの装填が非常に難しいからですね。

すでにデジタルカメラを入手したあとだったので、フィルムカメラにかかる手間と費用が煩わしく
「このレンズを使えるデジカメはないものか…」と当時から思っていたわけです。

Industar-22がそれほど良いレンズか?と言われれば、別にそんなこともなく。

ただ、おもしろいですよ。性能や便利さだけでは割り切れないおもしろさがあります。
見た目におもしろく、ピントや絞りの操作がやりづらく、期待どおりの写真を撮るのが難しい。

デジタル化によってフィルムの装填や現像、適正なシャッタースピードの調整などから開放され
撮影に関する操作の不便さだけを純粋にたのしむことができるようになったわけです。
あと、本物のライカの沈胴エルマーをレンズカバーなしで日常的にぶら下げる怖さを考えると
キズがつこうが壊れようが諦めのつくIndustar-22を常用するほうが精神衛生上良いということも。

沈胴エルマーっぽい外見でありながら安価で、それなりの雰囲気をたのしめるレンズ。
…とか言うとソビエトカメラ好きの人に怒られるかもしれないので一応弁解はしておきますけど
Industar-22は単体で見れば良いレンズですよ。名玉と呼べるかはわかりませんが。

以下にIndustar-22で撮影したものを紹介していきます。

Dmcgf1_07

夕刻の八王子駅前。見た目に反して普通に撮れてしまうという感じ。

Industar-22の特性上、中心でピントが合っていても周辺で甘くなるという状態になりがちです。
イメージセンサーの大きなカメラならもっと露骨に流れるそうですが、マイクロフォーサーズ機だと
周辺部がトリミングされてしまうのでトイカメラ的な魅力は半減してしまいます。
マイクロフォーサーズのセンサーの仕様上、35mm換算で100mm相当のレンズになります。

単純にピント合わせるのも難しいですけどね…特に無限遠と20mの間ぐらいが厳しい。
原因はピントノブを無限遠に固定するくぼみが邪魔をしてしまうことにあります。

Dmcgf1_08

信号待ちで目の前に停まった自転車の後輪付近。これくらいの距離が得意なのかも。
ちなみに最短距離はレンズに表記されているとおり1m。

絞りを瞬時に操作するのは不可能な構造なので、絞りは移動中つねに微調整しておく感じで
被写体が現れたらピントだけを操作する…ぐらいに割り切らないといけません。
ガチでキレイな写真を撮りたかったら相当な修練を積むか、ほかに乗り換えるべきでしょう。

Dmcgf1_06

Industar-22は逆光に弱いという特性があると聞き、わざとまぶしい場所で撮影してみました。
キレイにレンズフレアが出るわけでもなく、睫毛のような光がびっしり差し込んでます。
うまく利用すれば味になるのかな…そのへんも研究が必要ですね。

Zorki-1に搭載していたころはロクに使ってあげられなかったので、今後はとにかく持ち歩いて
様々な結果を残していければと思っています。ひたすら枚数撮って練習あるのみ。

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2013年2月14日 (木)

2013年2月14日

Wf2013w04

ワンフェス行ってきました。けど、今回はいつものようなレポートを書かないことにしました。

というのも、事前に公表されていた以上に驚くべき発表や展示が見つからなかったので…。
強いて言えばグッスマがねんどろしずえを出すぐらい?
これはほかの方のレポートに任せるとして、べつに特筆すべきものもなかったと思います。

あと、いつも顔を出している薬味堂の薬味さんが痔痛に耐えかねて(笑)撤退してしまったため
立ち寄っての談話もなく、本当に行って帰ってきただけみたいな感じだったのです。
ちなみに薬味堂はそれでも完売してました。おそらく午前中に売り切ったんじゃないかな?

Wf2013w05

なので…今回は新たに手に入れたカメラも含め、撮影を楽しんだだけでしたね。
ワンフェス会場から出たあとも、幕張や東京駅付近をあちこち散歩してから帰りました。

しかし当日の幕張メッセはかたや「アイマス」のイベント、かたや大学の入試試験というすごい
取り合わせで、付近に集まる客層もてんでバラバラでおもしろかったです。
あの喧騒のなかで試験をやらされる側の身にもなってみろと…。



ワンフェスの戦利品のひとつ、フィギュアーツZEROの本宮凪沙を撮ってみました。

Shfz_nagisa04s

Panasonic DMC-GF1 + Minolta MC ROKKOR-PF 55mm F1.7
f/不明 1/50s ISO-100 フラッシュ強制発光(ディフューザー付き)

Amazonでもだいぶ前から1,000円を切るほどの大暴落を見せていますが、なぜワンフェスで
買ったかといえば、たまたま目についたからですかね…。

全高15cmほどと小さくボリュームに欠け、パーツの合わせ目の仕上げや塗装も良くないため
これを定価4,725円で買ってもらおうというのは正直無理があると思いました。
きょうびこれぐらいのものならプライズ品でも超えてくるでしょう。

ただ、現状「AKB0048」関連の立体物はこれとスイングぐらいしか選択肢がありません。
可動するほうのフィギュアーツでも出るようですけど、参考出品に留まっていたような気が。

色味や衣装、独特のハイライトが映る髪と瞳の再現だけは褒められます。
本体に自立能力がないのはアレですが、セリーを模した専用スタンド(謎の接続部あり?)が
付属していて、世界観を表現しようという意気込みは伝わってきます。

商品としてのレビューはこんなとこですかね。あとは撮影についての話を書きます。

Shfz_nagisa05s

Panasonic DMC-GF1 + MC ROKKOR-PF 55mm F1.7
f/不明 1/30s ISO-100 露出補正+1 フラッシュ強制発光(ディフューザー付き)

40年前に作られたレンズもまさかフィギュアを撮るのに使われる日が来るとは思ってなかった
のではないでしょうか…もともと登山家の父が山を撮るために使ってたものですしね。
しかし、マイクロフォーサーズとロッコールの組み合わせがこれほどフィギュアの撮影に向いて
いるとは想像もしていませんでした。これは非常に大きな収穫。

あとで加工するための素材としてはじゅうぶんな仕上がりですが、撮ったまま出せるレベルに
するにはもう少し調整してあげないといけません。

Defuser

今回使用したディフューザーは自作のもの。廃品利用なので制作費はほぼタダ。
ガチャガチャのカプセルに手芸綿を詰めたものをストロボの前に固定していただけです。
コピー紙やティッシュに比べれば幾分高価という低次元の争い。

背景の紙は障子を張り替えた際に残った障子紙だし、照明は普通の電気スタンドと室内灯。
お金をかけないように努力(?)すればいくらでも安くできるってことですね。

重要なのはカメラの設定でしょうか…反省も含めて今回使用した設定を記します。

 ・マニュアルフォーカスのレンズを使っているのでAモード(絞り優先モード)に固定
 ・ホワイトバランスはカスタムを使用し、背景の紙などで確実に設定
 ・絞りはf/4~5.6あたりで被写体の奥行きに応じて調整

自動にしていたISO感度が100からまったく変化してなかったことには撮影後に気付きました。



Wf2013w06

そろそろワンフェスも行くのやめるかなぁ…と思うことがしばしばあります。
コミケを代表とするいわゆる二次元の即売会は何年も前に完全にやめてしまいました。
興味の対象がほかに移ったことを自覚してるので。あとは思い切り次第。

「ラブライブ!」の感想を書きっぱなしにしてましたが、矢澤にこというキャラが登場してからは
全体の目的意識と各キャラの役割分担がハッキリして良くなりましたね。

しかし、話が大きく動かないのはデビュー前の前日譚だからなのでしょうか…。
自分のお気に入りのキャラがたくさん喋ったとか活躍したとかいう次元で盛り上がるばかりで
ファン同士のやりとりがそれ以上にいかないあたりに作品の本質が見える気がします。

新曲のライブシーンはあいかわらずなんの脈絡もなく、物語との関連性もなく挿入されるため
アニメを見てくれた人のためのオマケコーナー、あるいは本編がオマケという印象まであって
歌うことで視聴者になにかを伝えるという感覚も伝わってきません。

最終的にデビューするわけですが、この調子で本当にデビューできるのか疑問に思うほど
ダラダラと過ぎ行く日々…後半戦どうするんでしょう?

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2013年2月 9日 (土)

2013年2月9日

Dmcgf1_01

カメラ買いました。パナソニックのDMC-GF1という2009年に発売されたミラーレス一眼。

普通のデジカメとどう違うんじゃ?と思われそうですが、ミラーレスという名前が示しているように
内部にミラーがなく、そのおかげで小型・軽量化に成功しているのが特徴。
本格的な一眼みたいな大きくて重たいものは持ちたくないけど、コンデジやスマホのカメラでは
物足りないという人が辿り着くのがこのサイズではないかと。

現在ではこれよりももっと容積の小さいミラーレスが登場していますが、小さすぎて操作しづらく
上面のダイヤルなどフィルムカメラっぽいインターフェースが省略されているモデルもありますし
撮影時のホールドのしやすさなどを求めるとこのサイズに落ち着く気がします。

カメラとして重すぎず軽すぎず、そして大きすぎず。操作は難しすぎず簡単すぎず。
それでいていかにもカメラらしいデザインをはずさない。そういうところを突いているカメラです。

光学ファインダーと手ブレ補正機能がないというのが欠点ですが、デジカメメインの世代の人は
だいたい液晶画面を見て撮りますし、古いカメラには手ブレ補正なんてありませんでした。
新旧の良いところ不便なところが集まっていて妙な感じではありますね。
そういえば忘れてはいけないのが内蔵フラッシュの存在。調光可能でしかもリトラクタブルって。

ちなみにお値段は、バッテリーパックをひとつ追加したものが中古で7,000円。
ただしこれはあくまで本体価格。レンズが含まれないためそのままでは撮影ができません。

Dmcgf1_02

このカメラの最大の利点はレンズ交換が可能なこと。
マイクロフォーサーズという規格で製造されたレンズのほか、各種マウントアダプタを介すれば
古今東西あらゆるレンズを装着できるというスグレモノなのです。

つまり、フィルムカメラ時代に築いた遺産を安価でそのままデジタルに持ち込めるということ。
遺産に限らず、中古で投げ売りされている古いレンズも使い放題なのです。
自分の手元には以前から古いカメラとレンズがありました。
これを活かしたかったのでこの選択に落ち着いた、というのが正直なところですね。

以下に、実際に撮影したものを紹介していきます。

Karahoki

ミノルタ MC ROKKOR-PF 55mm F1.7
f/不明 1/30s ISO-200

空ホキ。だいぶ距離が離れてるのに全体が移りませんでした。

これはマイクロフォーサーズ特有の性質で、画角が極端に狭くなってしまっているんですね。
標準的なレンズでもちょっとした望遠レンズなみになってしまうので、上の空ホキのような場合は
全力で距離を離さないと全体が撮れないのです。離れられない場合はお手上げ。

また、マウントアダプタを介した場合はF値がExifに記録されません(0と記録される)。
厳密に記録を残したい場合はその都度メモをとるなどの手間が必要になります。

Vinigasa

ミノルタ MC ROKKOR-PF 55mm F1.7
f/不明 1/80s ISO-100

乾かし途中のビニ傘。被写界深度かなり浅めで、柄や地面がボケています。

先述した画角の都合上、遠くにある大きなものよりも近くにある小物を撮るほうが簡単な感じで
ボケ具合を調整しながらマクロ的な撮影をするにはとても向いています。
ただ、55mmなので完全に寄り切れないという欠点はあり…クローズアップレンズが必要かも。

レンズの特性で淡いというか灰色味の強い絵になるのは好みの問題。自分は好きですが。
古いレンズではありますが、F1.7という明るさは非常に捨てがたいのです。



Dmcgf1_03

ボディにある標準の取り付け部にストラップを通すと撮影時に邪魔になるので、三脚のネジ穴に
ストラップを固定できるよう、専用のパーツを自作してみました。
ストラップマウントって一応市販されてるんですが、どれも用途のわりに高すぎるんですよね…。

ところでこのパーツ、どこかで見覚えがありませんか?

Dmcgf1_04

すぐに気付かれたかもしれませんが、じつは缶飲料のプルタブです。
プルタブ→ワッシャー→ゴムリングの順に重ねたものをインチネジで取り付けてあります。
パーツ総額はおそらく200円以内で済みます。

空き缶から切り離したままだと尖った部分が残り、それが原因でカメラや指を傷付けるおそれが
あるので、ヤスリなどで加工してから取り付けるようにしてください。

強度については不安はありませんが、首から下げるとやや傾いた状態になります。
右肩にかけるかタスキがけにするのがよいと思われます。
あ…念のため言っておきますが、マネしてアレコレ起きても責任は一切取りませんから。



世間的に言えば「で、出た~wwwワンフェス前にカメラ買うヤツ~www」って感じなんですけど
手ブレ補正がない状態で、屋内で100枚超の写真を撮り続けるのって結構大変なことなので
明日のワンフェスにはいつもどおり便利なカメラで臨むつもりです。

いや…両方持ち込むかな。試す気は全然あるので、あとは荷物の総重量の問題かと。

余談ですが、ミラーレス一眼といえどシャッター音はします。正確にはシャッター幕の音だとか。
GF1のシャッター音は文字で表すと「パタッ!ショィ」って感じ(笑)悪くはないです。

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2013年2月 2日 (土)

2013年2月2日

大雑把に言えば、自分は峯岸みなみ丸刈り事件に対して否定的です。

自分は峯岸みなみ個人に対して特別な感情は抱いていません。
あくまでAKB48のメンバーのひとりとして、全体のひとつとして支持する程度の扱いです。
AKBが掲げる恋愛禁止条例に反対する気持ちもなく、規則に背いた彼女を許す許さないという
観点ではまったく見ておらず、丸刈りになったことをかわいそうと思う気持ちもありません。

AKBのシステムや運営方針、順位付けなどについては触れる必要ありません。
それは今回の事件に乗じて、普段から漠然と抱いていたアンチAKB的な感情を爆発させる
口実にしかならず、賢明な意見になりえないからです。

まず、丸刈りによって反省の意と誠意を示すという昭和的手法に反対です。
「丸刈りにすれば誠意を表せる」という非常に古臭い発想を、この平成の世の中で二十歳の
女性が決行してしまったという事実に非常に違和感を覚えるのです。
その軍国主義的・短絡的・瞬発的な発想がまず気に入りません。

丸刈りによる謝罪を潔しと思った人もいるようですが、その考えに対しても反対ですね。
理由は上に挙げた内容と同じ。そんなものが支持されていいはずがありません。

次に、彼女が独断で丸刈りを決行してしまったことについて。
これは脅迫的な謝罪の押し売りと言えるでしょう。年頃の女性が長い髪をみずから丸刈りにし
泣きながら謝罪をしてきたら、それを受け入れないほうが悪になります。
やり方が卑怯ですよね。これがもうひとつの気に入らない点。

恋愛禁止という規則自体に異論を唱える気はありません。
サッカーという競技で手を使ってはいけないのと同じぐらいの話であり、AKBでの活動継続を
望んで断髪を決行するほどの意思があるのに規則を守れなかったことがおかしい。
さらにそれを、断髪したことでこの件はクリアしたんだという扱いになってしまっていることが
なにか釈然としない印象を与えているのではないかと。

今回の事件が今後、一定の抑止効果になるとは思います。恐怖政治みたいなもので。
次にスキャンダルを起こしたら今回と同等、もしくはより酷い手段で謝罪せねばならないという
刷り込みができてしまったと考えてもおかしくないでしょう。

それを踏まえて、彼女の決行を誰も止められなかったことが問題となります。
場合によっては髪を切るのに使っていたハサミを手首にあてていたかもしれないわけで
今後エスカレートすれば最悪の自体が起こる可能性も否定できません。

軽率な行動に対し、軽率な行動でケリをつけることが当たり前になってはいけないのです。
この悪い見本を公衆性の高いメディアで配信してしまったことが最後の問題。

しかもこの件が物議を醸し、NHKの21時台のニュースで報道されるまでになってしまったため
もはや狭い範囲の芸能系ニュースに留めておくことができなくなりました。
こうなると事実よりも、ニュースを見て大衆がなにを思うかのほうが重要になります。
理由の如何を問わず、AKBに関わるものすべて害悪という考えが一層広まるだけでしょうね。

AKBに残りたいと強く願って決行した断髪が、結果としてAKBの価値や存在を危うくしている
ということを彼女は考えねばなりません。個人ではなく全体の問題として。

しかし、これらすべてがAKBのムーブメントの一環であるという考え方もできます。
いわゆる「話題に関わってしまったら負け」と言われるパターン。
それにしては引き返すのが難しい、とんでもないカードを切ってしまったと思いますが…。
ある意味では河西智美の写真集の件も同じ感覚だったのかもしれません。

奇しくもドキュメンタリー映画の公開日。公共放送を利用した絶大なプロモーション。
21時台のニュースの前番組に秋元康が出演していたことも匂わせますよね。

そのへんは憶測に過ぎませんので、自分としては戸賀崎さんの公式発表を事実として考え
自分が思ったことや感じたことを以上のようにまとめました。
今後どうなるやら…何事も無かったかのように忘れ去られる可能性もありそうですが。



ひとつ追記をします。今回の件で「研究生」という言葉の価値を下げてしまったのも問題です。

直前のリクアワで発表された湯浅さんの降格を踏まえてのことですが、研究生としてマジメに
取り組んでいるメンバーにとっては非常に迷惑な話だと思うんですよね。
罰として送り込まれる場所ではなく、志をもって上を目指す場所なんですから。

彼女が研究生に降格したことで圧迫を受ける他の研究生も当然います。
その厚遇による不公平感を解消する方法が運営側にあるとは思えないのですが…。

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2013年2月 1日 (金)

2013年2月1日

「ラブライブ!」のストーリーをを評する際にやたら「王道」という言葉を使う人がいるのですが
アイドルアニメにおける王道とはなんぞや?と思い、少し考えてみました。

自分が思うアイドルアニメの王道とは、主人公がなにかのタイミングでアイドルに出会い憧れ
芸能界デビュー、あるいは養成所で厳しいレッスンを積んで成長していく…というもの。
第一線で活躍する先輩の背を追いかける状況を描くものを連想します。

「ラブライブ!」はというと、廃校に瀕した学校の生徒が他校で活躍するスクールアイドルの
存在を知り、その輝きに希望を見出しスクールアイドルデビューする…という感じ。

目標となる対象が同じスクールアイドルという、言わばインディーズアイドル的な存在であり
動画を撮影して投稿サイトにアップロードすれば、その日からアイドルデビューできるという
非常に現代的なシステムを描いているように思えます。

生徒が思い付きでスクールアイドルを目指し、彼女たちが考えるレッスンメニューをこなす。
そのレッスンのメニューはただひたすら石段を駆け上がるという効果不明なもの。
デビューといっても「わたしたちがやりたいから今日からデビュー!」という敷居の低さ。
言ってはなんですが…すべて自己満足の世界で回ってるんですよね。

その仕上がりを評価してくれるのは、仕組みが不明瞭な謎のアイドルランキング。
これは先に述べたアイドルアニメの王道に合致するものではありません。

「アイカツ」にせよ「プリティーリズム」にせよ、昨今放送されているアイドルアニメは基本的に
自分が思う王道をなぞるようにストーリーが描かれています。
忘れてはいけない「AKB0048」も、この王道を完全に踏襲しています。
最近で記憶にあるところだと「カレイドスター」などもそんな感じだったと記憶しています。

あえて王道という言葉を使うとすれば、「ラブライブ!」は廃校を防ぐための部活もの?という
限定されたシチュエーションにおける王道と言えるかもしれません。

広義の部活ものとして考えれば「けいおん!」などに近いのではないかと。
もはやアニメの定番と言えるハイティーン、しかも女子校の音楽系の部活もの。
「部活として認めてもらいたいけど人数が足りない」なんてあたりはそのまんまですよね。

つまり「ラブライブ!」のジャンルをアイドルアニメとしなければ、王道という表現も適切である
というふうに考えられます。あくまで学園もの、部活ものという範囲で。

劇中の描写の配分が極端に学校寄りであることが学園ものとしての印象を強めています。
逆に「アイドルマスター」は芸能界寄りの配分であったため、彼女たちが普段は学生である
という印象が非常に弱いものとなっていました。

改めて考えると、「アイドルマスター」には憧れの先輩キャラが存在しないんですよね。
トップアイドル像が不鮮明なままトップアイドルを目指すというのもなんだか不思議な話…。

新人としてデビューするのはプロデューサーですし、そのプロデューサーにもお手本となる
先輩プロデューサーが存在しません(アケマスやオンラインだといるかも)。
「2」でようやく律っちゃんが先輩Pとなりましたが、憧れを抱くほど凄腕とも言えず。

話がやや脱線しましたが…「ラブライブ!」のジャンルをなにと定義するかで王道かどうかの
判断も変わってくる、というのが自分が出した結論です。

アイドルを題材にしているからといって、ひと括りにアイドルアニメとは言えないのかも?



それで、「ラブライブ!」は学園ものとして見たらおもしろいのか?という話になりますが。

いまのところ世間で絶賛されるほどおもしろくも、心に響くところもないですね…正直。
普通の学園もの、部活ものとしてありきたりな展開を見せられているだけ。
自分が「AKB0048」を好むのは、普通ではない要素がふんだんに盛り込まれているという
部分もあるので、同時期に放送されているせいで余計にそう感じるのかもしれません。

普通であるからこそ広く受け入れられるというのも当然あると思います。
だって、普通ではない要素をなぜ入れたのか考える必要がないですから。
考えないでも「これはいつもの見方をすればいいヤツだ」とすんなり飲み込めますしね。

楽曲やダンスもその場面を演出するという意識を感じられない、挿入歌として使われている
だけという印象を受けます。お芝居とリンクするところがまるで無いので。



この記事を推敲している最中に峯岸みなみ丸刈り事件が起きまして…。

あきらかに異様なこの『普通じゃなさ』が現代の最先端を行くアイドルがやっていることであり
こういうものも網羅しない限り、現代のアイドルアニメになりえないんですよね。
しかし、そういう『普通じゃなさ』まで取り込んでしまうのが「AKB0048」なのです。

現代のアイドル像を知るためのアニメとして「AKB0048」は欠かせませんし、現実のAKB48は
それ以上に異様な活動を続けているアイドルグループなのです。

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