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2016年6月 1日 (水)

"物語"のない時代に

今春公開の映画『ガルム・ウォーズ』に合わせておこなわれた押井守・鈴木敏夫・虚淵玄の三者対談で

 「この10年で"物語"がなくなりキャラ偏重になった」
 「"お話"はあるが"物語"はない」

…という発言があり、これらが押井監督の発言としてTwitter上で物議をかもしました。

この対談は2時間を超える非常に長いもので、全編が無料公開されています。
旧知の仲である押井監督と鈴木氏によるおもしろい思い出話がたくさん出てくるので、2時間という長さを
それほど重く感じない内容になっていました。興味のある方はお早めにご視聴ください。

対談内容を確認してみたところ、この話題は押井監督ではなく虚淵さんからはじまったものでした。
前段の「キャラ偏重になった」という見方は虚淵さんによるもの。
キャラクター偏重の具体的な例として「初音ミク」を挙げたのも虚淵さん。
ほかに作品名は挙がらず、「ガルパン」などはTwitter上で伝聞が進むうちに加わってしまったものです。
押井監督は虚淵さんの発言に賛同したというのが事実で、後段の発言もそこからつながって出た感じ。


押井監督の言う"お話"と"物語"はどう違うのか。まずはそこを解決しないといけません。

対談では"お話"の説明はなく、"物語"は『はじまり』が『終わり』があるべきものと言っていました。
『はじまり』があったからには『終わり』がなければならない。終わらせなければならない、と。

昨今は『終わり』を忌避する傾向が製作側・視聴者側の両方にあり、永遠にそばに置いて愛で続けようと
ひたすら延命を繰り返す作品やキャラクターが多いと虚淵さんは感じているそうで。
アニメやゲームの最前線にいる虚淵さんならではの印象ですし、これには自分も納得できます。

『終わり』を迎えないよう新しい展開へ向かわせ、挿話を盛り付けていくのが延命のおもな手段です。
この『はじまり』と『終わり』をつなぐ挿話を"お話"と呼んでいるのではないかと自分は解釈しました。


『終わり』のない作品はそれほど珍しくもありませんが、最近は『はじまり』のない作品も増えつつあります。

主人公がどこから来て、どんな出来事から本筋へと突入していくのか。
起承転結の『起』の部分にあえて触れないようにした、あるいは『起』が思いつかないまま書き出したような
作品というのは、意図するしないにかかわらず視聴者を大なり小なり困惑させるものです。

「こんな境遇の人が主人公です」という設定をベースに、「ならばこんな事件に巻き込まれるかもしれない」
というように思いついた挿話を重ねていってまとまった作品にする。
本来あるべき『起』という書き出しが存在しないぶん、書き手の負担は相当ラクになると思われます。
感覚的には二次創作に近いかもしれません。一次創作に頼った挿話の発案と似たような仕組みですし。

二次創作の業界というのは挿話によって成り立っている、言わば挿話産業です。
この挿話産業出身の作家が一次創作を手掛けるようになって生まれたのが、最近の『はじまり』をもたない
"お話"だけある作品なのではないかと思います。


さらに、『はじまり』と『終わり』どころか挿話すら存在しない、キャラクターの外見と設定のみで構築している
作品というのも最近はちらほら見かけるようになってきました。
そのような状況に、シナリオライターという立場から虚淵さんは危機感を抱いているとのこと。
(やや私見も含まれますが、おおむねこのような解釈で間違いないと思われます)

「初音ミク」はその代表格で、二次創作のなかから次々と挿話という骨肉が盛られることで成熟していった
一次創作(作者)ではなく二次創作(ファン)の手で昇華した存在と言えるでしょう。
そこにはブームの終焉はあったとしても、"物語"としての『終わり』は存在しません。

ブームに乗じてアニメ化の運びとなり、改めて"物語"を生み出さなければならなくなる。
こういったアニメがえてして不発に終わるのは、そもそも構造が不安定だからなのかもしれません。


押井監督は自身の作品である「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」を、『終わり』を迎えさせるための
作品として描いたという話を対談のなかで紹介していました。
あれだけきちんと終わらせようとしたにもかかわらず、『終わり』を迎えさせてくれなかった。
"物語"として『終わり』を迎えることの美学をよしとしない人たちが確実にいるのです。

『終わり』のない文化祭、『終わり』のない夏休み…永遠に続く高揚感と興奮、快楽の火を絶やさないことが
作品を送り出す側、受け取る側の両方から求められる時代なのです。

その結果"お話"作りだけがどんどん上手くなっていき、"物語"のない時代になってしまったのでしょう。

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