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2017年6月30日 (金)

「Fallout 4」 プレイログ5

「Fallout 4」の2周目は序盤から近接戦闘主体の育成を進めています。育て方次第でかなり楽しめますね。

序盤は安全に敵に近寄る方法がないので苦戦しますが、近接武器は弾薬を消費しないという利点があります。
弾薬が潤沢とは言えない序盤では無限に攻撃できるというだけでもだいぶ安心感があります。

近接戦闘主体で進めるのに必要なPerkが揃うのはレベル15以降になるでしょうか。
ひと通り揃うと、「ひょっとして射撃より強いのでは?」と思えてしまうほどザコ敵の処理速度が上がります。
射撃を主体としたFPSがニガテな人は近接で進めたほうがいいかもしれません。


Fallout4sc23

近接攻撃の性能を最大限に押し上げるのがBlitzというPerkで、一度使うと手放せなくなる魅力があります。
このPerkは『V.A.T.S.発動時に射程内の敵がいる場所まで瞬間移動して近接攻撃ができるようになる』という
近接攻撃の常識を打ち破るもので、「Fallout 4」の戦闘を別次元のものへと変化させてしまいます。
近接武器が当たる距離まで瞬間移動する都合、攻撃が当たる確率が95%で固定されるのも魅力です。

Blitz運用で進める場合、近接攻撃の威力を強化するBig Leaguesの取得は当然として、Blitzと同じAgility系の
Gun-Fuまで取得するのが定石でしょう。敵が多いほど強くなる!

これにステルス性能を上げるSneakや、スニーク攻撃のダメージを倍化するNinjaが加わると恐ろしいことに。
暗い屋内などでは無類の強さを発揮します。完全な消音が不可能なサイレンサーより高性能と言えるかも。
できればディーコンのコンパニオンMODであるCloak & Daggerも揃えておきたいですね。
それが目的というわけではなかったのですが、最速でレールロードに駆け込んだのは正解でした。


Fallout4sc24

V.A.T.S.の性能を底上げするLuck系のPerkもあれば便利でしょうが、そこまでLuckに割り振るのは負担になるし
中盤以降余裕ができてからでもかまわないと思います。もしくは序盤でIdiot Savantを取得してしまうか。
クリティカルヒットをどれくらいのペースで使うかにもよりますけど、個人的には必要ないので。

…いまだから言えますけど、1周目はクリティカルの使い方がわからずまったく使っていませんでした。
それでもなんとかなっていたのは難易度を下げていたからかもしれません。


近接戦闘主体で懸念されるのは大型クリーチャーとの戦闘ですかね…優位を保てるのかどうか。
大型クリーチャーの出現ポイントにはだいたい狙撃ポイントがあり、遠隔攻撃が推奨されている感じがしますが
あえてその推奨を無視して近接特化で挑んだらどうなるのか。結果は後日。



「Fallout 4」にはレベルという概念はありますが、意識的なレベル上げが必要になる場面は一切ありません。
なぜなら、プレイヤーの成長に比例して敵が強くなるから。つねに一定のバランスが保たれているわけです。

制作側が提示するそのバランスをつらいと感じたら、自主的に難易度を下げて遊びやすくする。
甘いと感じるなら難易度を上げる。地獄のような難しさがお好みなら最大まで上げてもいいでしょう。
いづれにしてもプレイヤー自身が最後まで楽しめるゲームバランスにできるので、不満は絶対に生じません。


以前、「レベル上げがキライなのになんでRPGやってるの?」とさも当然であるかのように言われたことがあり
それがいまでもずっと引っ掛かっているのですが、改めて自分の見解を述べさせていただこうかと。

レベル上げがキライでもRPGが好きな人はいます。
レベル上げが好きな人はRPGが好きなわけではなく、レベル上げという行為そのものが好きなんですよ。
レベル上げというのは、クリアという本来の目的のための対策あるいは手段でしかありません。
その手段が目的と化してしまっている人と、クリアを目的にしている人はまったく別次元にいるわけです。
なのにRPGという枠のなかで同列で語られてしまうからおかしなことになってしまうんですね。

しかし、制作側にも「プレイヤーはレベル上げが楽しくてRPGをプレイしている」と考えている人がいるらしく
レベル上げを楽しめないプレイヤーを苦しませる場合があります。
まあ…そういう特殊なRPGはレベル上げが好きな人にやらせておきましょう。需要と供給の合致。


レベル上げが必要になるRPGにはもうひとつの問題点があります。
それは、「時間をかければ誰でもクリアできる」というふうに好意的に認識されているところです。

どんなにゲームがヘタでも時間さえかければみんなと同じゴールにたどり着ける。
これは非常に日本的な「みんな仲良く平等にゴールインしようぜ」という理念から来ているようにも思えます。
しかしこれは裏返せば、「誰もが同じだけ時間をかけないとクリアできない」という意味でもあるんですよ。
それと正確には「時間」ではなく膨大な作業であり、「労力」と言い換えるべきものです。

プレイヤーの時間的都合や技術に関係なく、一律同じだけの作業を求められる。
プレイヤー全員が同じレベルまで上げなければならない。これが良いことなのか悪いことなのか。
レベル上げが必要なRPGは、レベル上げがキライな人に強制的に苦痛を強いるRPGです。
その苦痛によって、結果として本来の目的であるクリアが遠ざかり、放棄されてしまったら制作側にとっても
不幸でしかないということはわかってもらえると思います。

本当にプレイヤーに与えられるべきなのは、「誰でもクリアできる」という部分だけなのです。
「時間をかければ」の部分は要りません。プレイヤーの貴重な時間を気安く奪わないでください。
このような悪質な手段で費やされた時間をボリュームとは呼びません。ただの時間稼ぎです。


記事のオマケのほうが長くなってしまうので今回はこのへんで。とりあえず書きたかったことは書けました。

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