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2017年9月29日 (金)

ボーカロイドに心はあるか?論争への私見

「ボーカロイドに心や感情はあるか?」という話題が、驚くほど定期的にネット上で繰り返されています。

最初に私見を申し上げておきますと、ボーカロイドは楽器だと思ってます。
ギターやピアノと同じ楽器。もっと大雑把に言えば道具。
楽器であるボーカロイドに魂が宿る可能性は、付喪神的な考え方をすれば否定はできません。
しかしそれは信仰や期待から言うものであり、現実的な話をしてしまうとやっぱりただの楽器なんです。

心を感じるとすればそれは奏者のもの。感情が見えるとすればそれは聞き手側の受け取り方の問題。
送信側ではなく、あくまで受信側の願いが生んだもの。キツい言い方をすれば妄想です。


決して敵対的な意味ではなく、ありなしで派閥を分けるとすれば自分は『ない派』に属します。

『ある派』の気持ちもわからなくはないんですよ。あったらいいだろうなと思うし、あればそれは嬉しいことです。
しかし『ある派』の主張がどうにも論理的ではなく、肩を持つことができませんでした。

だって、『ある派』のやることといえば"調教"の優れたボカロ曲の紹介くらいなんですよ。
歌い方が生々しいからそこには心が、感情がある。わたしたちはそう感じている。そういう次元の話なんです。
『ない派』の人たちが納得する、求めている証明ではないことにまったく気付いてないんですよね。

『ある派』をひとつの宗教とするなら、彼らがやっているのは布教活動でしかありません。
「神の存在を証明しなさい」と言われているのに、神の素晴らしいところをひたすら褒めたたえているだけ。
神の存在の証明という宗教上の禁忌に触れまいと必死にごまかしてるように見えてしまうわけです。
ただ、これは避けられない流れとも言えます。存在の否定は信仰への侮辱となるわけですから。

『ある派』にとっては「心や感情がない」という発言自体が侮辱になるんですよ。
『ない派』にとっては客観的な評価でしかないものが、『ある派』には悪意として伝わってしまう。
このことに『ない派』はなかなか気付けません。『ない派』は目に見える事実を告げているに過ぎないので。


この場合、『ある派』がすべきことは「心や感情がある」という事実の証明。ただそれだけです。
反対意見を侮辱や悪意とは受け取らず、感情的にならず、論理的に証明をおこなわなければなりません。

『ない派』の人たちが求めているのは論理的な証明で、『ない派』の主張もまた論理的な証明です。

本来、ないものをないと証明するのはとても難しいことなんです。いわゆる悪魔の証明というヤツ。
「この世のどこにも存在しない」という証明をしない限りは、存在の可能性を否定できない。
神は存在するだろうか? 存在しないことを証明しない限り、この世のどこかに神は存在するだろう。
これと同じことを『ある派』が要求してきたら『ない派』は勝てないだろうと思います。

ですが、ボーカロイドを楽器の一種と定義することで『ない派』の証明は可能です。

たとえばギターやピアノの演奏を聴いて、その演奏が非常に情感あふれる生々しいものと感じたとします。
では、ギターやピアノといった楽器そのものに心や感情はあると思いますか?
おそらく多くの方は「楽器そのものには心や感情はない」「あるのは奏者の心と感情」と答えるでしょう。
ならば、同じ楽器であるボーカロイドに心や感情があると考えるのはおかしなことだと思いませんか?


同じ楽器なのになぜボーカロイドだけが特別視されるのか。特別視できるのか。
これは電子楽器の音が保守的な層に受け容れられなかった古い時代の話とは事情がまるで異なります。

あくまで私見ですが、ボーカロイドは人の声と外見を手に入れたから特別視されているのだと思っています。
キャラクターありきの商品、外見込みの楽器であるから心や感情があると信じられてしまう。
古びた人形には供養が必要と考えるのと同じように、人の姿をしたものは人と同格に扱ってしまう。
そういう土着信仰や風習によってボーカロイドに人格を認めている部分が大きいのではないかと。

もしボーカロイドが人の声と外見を手に入れていなかったら、いまほど人格を認められているでしょうか?

いや、おそらく外見の種類によっても違ったと思います。洋ゲーのキャラみたいなリアルな外見だったら?
ボーカロイドはいわゆる二次元寄りのアニメ的なキャッチーな外見だったからこそウケたのでしょう。
そういう売り方でなかったら、これほど普及し人気を獲得するにはいたらなかったはずです。

二次元キャラに人格を認めたい人たちが先にいて、そこに声優の声をもつボーカロイドが降りてきた。
受け容れられるべくして作られた神が迷える民衆の要求に合致した。カッコつけて言えばそんな話だろうと。

つまり、『ある派』と『ない派』の論争は宗教と科学の対立みたいなものなんです。歴史は繰り返す。


ここまでボーカロイドを楽器の一種と定義して話してきましたが、ほかの楽器とは明確に違うところがあります。
ボーカロイドはソフトウェアであり、ギターやピアノのような実体、人間で言えば肉体をもっていません。
つまり死の可能性をもたない、生命体として不完全な存在であると言えます。

このあたりの考え方は「攻殻機動隊」の人形遣いのくだりを参考にしてもらえばわかりやすいかと思います。
ネットワーク上に生まれた一人格であり、生命体であることを主張するものの不完全であることを自覚していて
草薙素子との同化によって死の可能性を獲得し、生命体としての完成を望んだ人形遣い。
多くの人から人格を認められながら肉体をもたないボーカロイドは近い境遇にあるのではないかと。

ギターやピアノは人間と同じように肉体を失って死ぬことができる。本来の付喪神的な考え方です。
実体をもたない、コピーがいくつもある現在のボーカロイドを同じ枠組みで扱うのは難しいことなのです。

同様に実体をもたないマンガやアニメのキャラに人格を認めている人たちだけがその壁を越えてしまえる。
二次元キャラの誕生日を祝ったり、バレンタインにチョコを送ったり、劇中で死亡したら葬式をあげてあげたり。
そう、実際に葬式をあげてしまえる人たちには肉体の死という概念が通用しないんですよね…。


「宗教だ」「信者だ」と言うと否定的に聞こえがちですが、これは宗教以外のなにものでもないと思います。

宗教的信仰を主張する人と科学的証明を要求する人が議論をすると、どうにも平行線をたどってしまう。
「ボーカロイドに心や感情はあるか?」という話題が延々繰り返される理由はそこにあるわけです。



電子的な無機質さが良いと言う人もいるし、無機質だから感情移入できると言う人もいます。
「心や感情がない」と判断したうえでそこに魅力を感じている。ボーカロイドにはそういう評価もあるのです。

一方で、生身の人間でありながら「心や感情がない」と評価されてしまう人たちがいます。
「気持ちが伝わってこない」「もっと心を込めて歌えよ」など、敵意すら感じるコメントもしばしば見かけます。
ボーカロイドと違って確実に意思のある生き物なのに心や感情の存在を認められないのはなぜか。
「心や感情がある」という当たり前の事実が否定されてしまうのはどうしてなのか。

結局は聞き手側、受信側の勝手な妄想でしかありません。「ないに違いない」と信じたいだけ。
ボーカロイドと違ってこちらは生身の人間を相手にした評価なので、より深刻な問題として伝わってきます。

誰かのさじ加減ひとつで生身の人間の心や感情が否定されてしまう。そんなことあっていいわけがない。
特定宗教の信仰の否定に留まらない、人類全体を巻き込んだ人格・人権の問題に発展します。
なのにわりと日常的にそのような評価が飛び交っていて、問題視されていません。

生身の人間であっても「心や感情の存在なんてあやふやなものだ」と主張する人もいます。
こういう人はたぶん、自分自身の心や感情の存在を否定される事態を想定したことがないのでしょうね。


生身の人体もまた楽器である、という屁理屈にも似た考え方も可能ですがその人体は奏者自身でもあります。
この場合、楽器と奏者を切り離すのは不可能なのでボーカロイドの話とはまったく噛み合いません。
他人の肉体を楽器とするなら話は別ですが、かなり猟奇的な案件になりそうなので言及は避けましょうか…。

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2017年9月15日 (金)

「FF14」 採掘とカララント製作

前回の最後でちょこっと触れた採掘師の話を中心に「FF14」の近況をお伝えしていこうと思います。

そもそもなんで急に採掘師なのか。いろいろ理由はあるのですが、最大の理由は戦闘に疲れていたから(笑)
メインクエストや赤魔のレベル上げでひたすら戦闘続きだったので、真逆のことをしたいと思ったんですね。
そこで目に留まったのが採掘師。ひたすら石と向き合うのも悪くないだろうと。

カララントを自給自足したいという密かな夢が以前からあり、それを実現するのに必要だったという理由もあり。
採掘師とともにカララント製作に必要なクラフター職は調理師Lv30を既に用意済みでした。

余談ですがクラフター職を選ぶ場合、調理師はあまりオススメできません。育てやすくはあるんですけどね。
クラフターのなかで唯一ミラージュプリズムを作れないし、生産したアイテムが売れやすくはありません。
なのになんで選んだんだろう…向こうの世界で生活するのに必要だろうと妄想したからかな?


Ps4ff14cap55

実際に採掘師をはじめてみて感じたのは、想像していた以上に地味で地道な作業であるということ。
マップ上に現れる基本4箇所の採掘地点を順にまわり、各地点で4~5回の採掘をおこなって次の地点へ向かう。
ひたすらこれの繰り返し。マップによって移動効率の良し悪しはありますが、やるべきことは一緒です。
敵性モブがいないマップなら危険もないし、これといって頭を使うこともない単純作業。

なので飽きる人はすぐ飽きると思います。石を掘ってレベルを上げるだけの作業。目標がないとつらいです。
自分の場合カララントという明確な目標があったし、Lv30までという比較的みじかい期間だったこともあったので
飽きが来る前に終わった感じでした。本当に数日のあいだ、実質5~6時間程度だったのではないかと。


Ps4ff14cap56

調理師とくらべて面倒だったのは、放置で経験値を稼ぐことができないところですね。
調理師は素材さえ与えておけば食料品製造マシーンと化して自動生産が可能なので手間がかかりません。

自動化できないことに加えて、画面に表示される採掘成功率のわりに異様に失敗するという問題もあります。
適正なレベルの素材を採掘する際、採掘成功率はだいたい75%から90%ぐらいのあいだで表示されていますが
実際の成功率はそこから2~30%マイナスしたぐらいだと思っておいたほうがよいでしょう。

とにかく失敗が多い。たとえば成功率84%の場合、残りの16%のほうが優先されている感じがします。
ひどいときは成功率98%なのに2連続で失敗したりしますからね…スパロボの命中率なみにアテになりません。
対策としては、ギャザラー用装備をつねに更新してステータスの向上を図る。
そしてスキルを使用した確率の底上げと、補助的に食料品などのアイテムをきちんと使っていくこと。
特にレベル上げをおもな目的として採掘するならアイテムの使用は必須と言っていいかもしれません。

グランドカンパニーで軍票と交換できる軍用エンジニアマニュアルやコーディアルの使用もオススメです。
グラカンの小隊任務がある程度済み、レベリングルーレットの巡回がメインになると軍票はかなり余るはずなので
ここぞとばかりに軍票を投じ、ギャザラーやクラフターの育成を進めてみるのもよいと思います。


Ps4ff14cap57

自給自足はいいですよ。自キャラの名前がクレジットされてるカララントを見るとちょっとした達成感があります。

自作のカララントをマーケットボードを通じて販売し、お金を稼ぐことも当然可能です。
ただ、これで本気で稼ごうと思う人はいないでしょう。あまりにも少額で効率が悪すぎるからです。
カララントは初心者から自分くらいのプレイヤーまで幅広く、つねに需要のあるアイテムなのでよく売れますから
気軽に供給側にまわる楽しさを味わうにはちょうどいいかと。レシピも簡単ですしね。

カララントは店売りとクラフトのほかに、蛮族のショップでのみ取り扱っている限定色などが存在します。
すべてのカララントを自由に手に入れるには結構な手間がかかります。制覇してみるのもおもしろいでしょう。



Ps4ff14cap58

あれからメインジョブを赤魔に完全にシフトし、貯めたトークンもすべて赤魔装備のために費やしています。
詩人はほぼ引退。なにか特別な理由でもない限りもう詩人を使うことはないと思います。
イヤになったとか飽きたとかではなく、自分のやりたいことに赤魔が合致したというのが大きいのだと思います。

カンストした赤魔で最近は極スサノオなどの高難易度コンテンツを巡っています。
…というより巡らされています。そんなに行きたいわけではなかった(笑)半ば強制参加させられてました。

メインクエストが終わり、貯めたトークンで装備を補強するのも済むと、やることがそれくらいしかなくなるという
当たり前の話なのかもしれませんが、自分のやりたいこととは合致していませんでした。
苦しいだけで楽しめないだろうと思い込んでいたところもあります。
それが最近ちょっとずつ変わってきたというか、"できる"ようになって楽しめるようになってきた感じがしてます。

「FF14」の高難易度コンテンツは大縄跳びのようだと揶揄されることがしばしばあります。
飛べない縄跳びというのは運動音痴な生徒にとっては苦痛でしかありません。
何事もそうで、できないことを楽しめというのは無理があるんですよ。どんなに楽しさを説いても無理は無理。
まずはやり方を教えて自在にできるようにしなければならない。楽しめるかどうかはその先なんです。

運動音痴の人のなかには、べつに跳べるようになりたいと思わないという人もいるでしょう。
そういう人を跳ぶところまで向かわせる場合はどうするか。『誘う』というのは生易しいことではありません。

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2017年9月 6日 (水)

「刀剣乱舞-ONLINE-」をプレイしてみて

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1週間ほど前から、かの有名な「刀剣乱舞-ONLINE-」をプレイしていました。完全に「活劇」の影響です。

 ※「活劇」…「刀剣乱舞-ONLINE-」を原作としたテレビアニメ「活劇 刀剣乱舞」のこと。

あの「艦これ」ですらプレイしなかったのに(アニメのせいかもしれませんが…)なぜ「刀剣乱舞」は始めようと
思ったのかといえば、掘り下げてみたいと感じる部分があったからかもしれません。
世間の乙女たちをそれほど夢中にさせる原因はなんなのか。ゲームとしておもしろい作品なのか。
ゲームのプレイ経験があると「活劇」の見方は変わるだろうか…などなど、些細な疑問を解決したかったのです。

ちなみに自分が選んだのはブラウザ版ですが、当初は起動すらしなくてちょっと困りました。
試用中のEdgeに問題があったようで、直後のOSアップデートでEdgeも更新されてようやく動くようになりました。
ブラウザの設定でFlashの動作を許可していない場合、当然ですが起動しません。ご注意あれ。


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本作を既存のジャンルで表現するとしたらどうなるんでしょうね…シミュレーションと呼んでいいのかどうか。
資源を投じて製造した『刀剣男子』を最大6人一組で編成し、任務へと送り出して結果を見る。
マップ上の移動や戦闘は基本的にオート。どこへ進むか、どの敵を攻撃するかすべて運任せです。
プレイヤーができることといえば製造と装備、帰還後の回復ぐらいなもので介入できる部分はかなり少ないです。

アクション性はまったくなく、難しい操作もなく、必要なのは若干の慎重さと知識くらい。
だから老若男女問わず誰でもプレイ可能。敷居は限りなく低いです。

運任せなだけに、運の巡りの悪さでストレスを抱える可能性はあります。特にマップ上の移動は。
分岐点での進路の選択も運次第なので、運が悪いと何度やってもボスにたどり着けない状況が続いてしまい
ゲームが先へ進まず結構イライラさせられます。ただ、これは悪いことばかりではありません。

運悪く何度も周回させられると自然とレベリングが進むので、その先の進行は格段にラクになるからです。
プレイヤー層を考えると、"運悪くレベルが上がってしまう"のはなかなか悪くないのではないかと。

噂によると、どのタイプの刀剣を部隊に何本組み込むかで進路選択の確率にある程度は介入できるとか。
しかしそういった情報はゲーム上で説明されるわけではなく、あくまでプレイヤー間で共有されてるだけ。
これが先述の「若干の知識」のひとつに当たります。調べないと知りようがないのがちょっと苦しいところですね。


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本作が多くの支持を得ている部分はどこにあるのか。少なくともストーリーではない、と思いました。

「活劇」のストーリーに触れて本作を始めた場合、ストーリー性の薄さに一番驚くと思います。
特定の条件に気付かずプレイしていると、特に会話もなければストーリー展開らしいものもまったく見れません。
逆に言えばこの隙の多さ、妄想の余地があることがウケた理由なのかも…実際、わりと大事だったりします。

言わば二次創作である「活劇」ではゲームで描き足りない部分を非常にうまく膨らませてあります。

ゲームのほうでは送り込まれる状況、送り込まれた目的、阻止するべき事態があまりにも伝わってこないので
マップの名前と敵部隊の名称から能動的に推測するしかないんですよね。

あと、ゲームのほうでは騎馬で出兵したり陣地から進軍したりと戦国時代風な表現になってるのも意外。
歴史改変を阻止する隠密集団のわりに、正規の部隊として戦争に参加しているかのような印象を受けます。
「活劇」ではこのへんの違和感を抑えつつ、整合性のある表現に変更しているのだなぁと感心させられました。
…って、「活劇」の評価ばかりが上がって本作の話が全然見えてきませんね。


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操作の楽しさはない、ストーリー性も低い。クリックしてあとは運任せ、結果を見るだけ。
ユニットを集めてレベルを上げて、レベルの差で敵を倒す。頭を使うにしても影響する範囲に限度がある。
世の中のプレイヤーがどう楽しみ、どのへんでモチベーションを上げてるのか正直よくわかりません。
単純にキャラクターの魅力やクジ運を試すだけで続けられるものでしょうか。

ゲームシステム的にも、良いと感じた部分よりも不便だなぁと感じた部分のほうが多いんですよね。
手入の終了時刻を過ぎていても、手入の画面まで確認しにいかないと手入が終わらないのはとても不便だし
多くのプレイヤーに長期間利用されているゲームにしては洗練されていない感じがします。


あとは刀装とか。特に序盤は短刀に頼る場面が多いのに、短刀に必要な歩兵よりも騎兵のほうが出やすい。

刀装とは『刀剣男子』の補強を目的とした文字通りの装備品ですが、おもな目的は『刀剣男子』の保護にあり
敵の攻撃を直接喰らわないための身代わりとして機能してくれる存在でもあります。


Touken02

投入資源を最低値にした10連の結果を見ると、騎兵が出る確率が必要以上に高すぎると感じます。
短刀の刀装は打刀などと比べて消費が激しく、資材の少ない序盤では「短刀用の刀装がない」という理由で
出陣できないこともしばしば。一番クラスが低いはずの短刀&歩兵が運用しにくいというおかしさ。

『刀剣男子』がランクアップすると強化したステータスがリセットされるというのも非常に不親切だと思いました。
リセットする必要、あるんですかね? 納得のいく理由があるとは思えないのですが。


最後にもうひとつ。本作では鍛刀(製造)の際に資源のほかに、依頼札というアイテムを1回1枚要求されます。
資源は時間経過でも勝手に溜まりますが、依頼札は日課などの課題をクリアしないと残数が増えません。
つまり、毎日ログインして鍛刀だけ楽しむというプレイが許容されていないのです。

せめてログインするたびに依頼札が1枚提供されれば…と思うのですが、「刀剣乱舞」にはログイン報酬という
制度がないので、ログインそのものへの動機付けが弱いという点も指摘できます。


興味を惹かれて始めてみたものの、これは長続きしなさそうな気がします。早くも飽きを感じていますし。

「FF14」のレベル制限もそうでしたが、プレイヤーの実力とは関係ないところで足止めを喰らってしまうことが
自分にとっては激しく悪印象になるようです。桶狭間の繰り返しでだいぶ萎えました…。



奇しくも同じ刀剣の擬人化である「ブレイブソード×ブレイズソウル」をプレイしていたので比較してしまいますが
「ブレ×ブレ」は後発作品なだけに、さまざまな部分で洗練されていることが今回わかりました。
めんどくさい部分は削られ、戦闘にはアクション性があり、なにより先へ進むことを邪魔されたりしない。
どちらが遊びやすいか?どちらがプレイヤーに優しいか?と聞かれたら間違いなく「ブレ×ブレ」を推します。

「刀剣乱舞」は操作こそ簡単ではあるものの、難易度は易しくないしプレイヤーに対して甘くもありません。
戦闘中の撤退もできないし、シビアというか突き放している側面があると感じました。

「ブレ×ブレ」には一応ストーリーがあるし(オススメはしませんが)戦闘にはアクション性も確保されています。
それに「刀剣乱舞」でいうところのマップ上の分岐点を自分で選ぶことができます。
ただクリックして運任せにするだけではない、ゲームとしての最低限のラインが維持されているのです。


「ブレ×ブレ」もそのうちアニメ化しちゃったり…しないか。したらしたで魔剣多すぎて誰を出すか困りそうだし。

そういえば「活劇」の見え方は少し変わりましたね。本当にどうでもいいところなんですけど。
うちの薬研さんもケガが絶えないので、「活劇」で応急処置のシーンが続いたのは原作どおりなんだなぁと。

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