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2018年10月11日 (木)

「Shadow of the Tomb Raider」 ネタバレありのストーリー感想

新生トゥームレイダー三部作のラストを飾る「Shadow of the Tomb Raider」のストーリーをきちんと評価するうえで
ネタバレは避けて通れないだろうなぁと思い、ネタバレを前提とした独立記事にすることにしました。
そこまでしてでも書きたい、共有したい問題点があったわけです。


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前作に続き、アクションアドベンチャーゲームとしては非常に遊びがいのある本作。

発売日に始めて達成度100%にしてから1周目クリア、即座に2周目を難易度ベリーハードで始めてクリアした
という事実からしても、かなりハマっていたことは自他ともに認めるところです。
しかし問題点がないわけではありません。新生三部作を遊び尽くしたからこそ言いたくなることもあるというか
三部作の最後だからこそ指摘したくなる問題点がメインストーリー上にいくつかあったのでした。


まず冒頭の場面。ようやく見つけた目的地の目前で自然災害に巻き込まれ、事の発端である数日前に話が戻り
それが終わると現在の危機的状態に…っていう流れ。前作の冒頭をほぼ踏襲してるんですよね。


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構成が前作に似てるというのはファンにとってはニヤリとさせられる部分でもあるんです。
クワク・ヤクへ通じる崖を慎重に移動しているときのララとジョナのやりとりは前作のオマージュとして良かったし
直前までギクシャクしていたふたりの息の合った冒険がまた始まるんだなぁといううれしさもありました。

ですが、オマージュにしてはあまりにも踏襲しすぎていたと思います。
墜落後のジャングルでのサバイバルも、行く手を阻むジャガーとの戦いもちょっと状況が似すぎている。
そういう見方をすると、終盤までのいろんな展開がどれも前作の模倣に見えてしまいまして…。
お約束と言ってしまえばそれまでなんですが、前作との類似性をもう少し避けるべきだったのではないかと。

完成されたアクションシステムを継承しているだけでも類似性の指摘は避けられないわけですからね。
意識的な差別化を図ってほしかった。その結果、ステージ構成がギクシャクするとかなら受け入れられましたし。


ストーリーの構造やプロットの問題ではほかにも気になるところがあると思います。

メインストーリー中の場面転換が雑である、という話はレビューのほうでもやんわりと触れました。
水に落ちる、もがく、浮上して次の場面へ。目が覚めて気が付くと次の場面に。そして武器をすべて失う。
これらがひとつのゲームのなかで複数回つかわれるっていうのはさすがにまずいでしょう…。
次の場面との関連性や、そこへ移動することの必然性が薄い。ごまかすように次のステージへ向かう感じ。

しかも、これらも前作までにやり尽くした要素なんですよね。強制的に流されたり、水中に沈んだりっていうのは。
「困ったら水に落とせばいい」というワンパターンな思考が透けて見えるようでした。

なかでもウヌラトゥ死亡後、ポルベニール油田へ場面転換する際は本当にひどかったです。
ジョナと一緒にカヌーで移動中、なぜかトリニティの戦闘ヘリに見つかって機関銃の掃射を受けてしまいます。
カヌーはキレイに真っ二つ。すぐ近くに沈んだはずのジョナは行方不明。そして武器はナイフ1本のみ。

ここはララの奇妙な動きと音声のズレもあってとにかく印象が悪かったですね。本編中最悪のシーンです。


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目的達成のために視野が狭くなっているララは、道中でいろんな失敗をして周囲の人々を犠牲にしていきます。
また、冒険のカギとなるアイテムは手に入れたそばからあっさり奪われてしまいます。
振り返ってみると、ララの行動が功を奏した場面がほとんどないんですよね。なにもかもが悪いほうへと向かう。
しまいにはよくわからないタイミングでキレる。まああれだけ鬱屈が続けばキレても仕方ありませんが…。

ララをひとりの生身の人間として描くために、ララのことをキライになってしまうような場面を意図的に入れたという
話をスタッフが語っており、そのへんは狙いどおりになっていると思います。
その狙いが誤ったほうへ働き、プレイヤー自身もストレスを抱える事態につながってしまっていたような。

ララの成功がプレイヤーにとって気持ちいい瞬間でもあり、ゲームとしては非常に大切な要素となります。

ストーリー上で得られなければプレイヤーの要求はパズルや戦闘へと向かうことになります。
そこでもうひとつ浮上するのが、探索やパズルを重視するために戦闘の機会が少なくなってしまったこと。

本作の感想に戦闘の少なさを挙げる人が多いのは、ストーリーがもたらす不満が影響していると思われます。
ゲームというのはストーリーに多少問題があっても、戦闘さえおもしろければ最後まで楽しめてしまうものですが
本作は戦闘が少なく、せっかく習得したスキルも強化した武器も使う機会に恵まれません。

ストーリーから来る鬱屈を発散できるだけの要素をバランスよく配置できなかったことが、本作のゲーム体験を
気持ちよくないものにしてしまったのではないかと。探索やパズルを楽しめない人にとっては特に。


ララやウヌラトゥたちにもう少し有利な材料、交渉のカードがあれば印象は違ってたと思うんですよね。

なにかしら重要なアイテムがないと敵側も目的を達成できないとか、そういう弱点があればよかったのですが
関係者全員に降りかかる浄罪(災害)という危機があったせいで交渉の余地を作れませんでした。

もはや敵の良心に期待してすべてを渡すしかない。当然、敵はそんなもの持ってるわけがありません。
となれば殴ってでも止めるしかない。最後にものを言うのはララの腕力です(笑)
最終的に戦うのは避けられないとしても、そこまでの運びをもう少し賢くしてくれればよかったのですが…。

それまで敵対していたヤークシルたちが配下となり、トリニティに逆襲をはじめるシーンは気持ちよかったですが
まあ長続きしないし、おいしいところをムービーに持っていかれるのも残念でした(後述)。


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本作の悪役であるククルカンことアマルことドミンゲス博士と、その部下であるローク最高司令官。

これまで追い続けてきたトリニティに高等評議会という幹部組織があることが本作で急に判明します。
パイティティを支配するククルカン教団の大神官とトリニティ高等評議会リーダー、そしてララの父親を殺したのが
すべてドミンゲス博士、つまり同一人物であるというあまりにも都合の良すぎる設定(笑)

パイティティを外界の危機から守るために行動していたという肉付けはあるものの、取ってつけた感が否めなくて
同情を誘うにしては描き足りないというか、いまさらそんなこと言われてどうしろと…という感じもしました。


ローク司令官は名前がついてるわりには特に肉付けもされない、存在感の薄い悪役でした。
プレイヤーのヘイトを稼ぐのにじゅうぶんなウヌラトゥ殺害のシーンでも特に主張もなくあっさり立ち去ってしまうし
ララとの絡みも無線越しに煽ってくる程度。ぶっちゃけいてもいなくても変わらないレベル
ローク司令官の顔をハッキリ覚えている人ってほとんどいないのではないでしょうか。思い出せますか?

カギとなるアイテムはふたつあったわけですし、銀の箱のほうをローク司令官が奪い去りドミンゲス博士に渡す
というふうにすれば、クライマックスの展開にも関われる可能性はあったと思います。

ただ、もっと絡ませる予定はあったっぽいんですよね。トリニティの隊員が残した文献を見るとそう思えてきます。
前作のラストで狙撃されたアナは、ローク司令官の指示で始末されたことが明かされています。
これってメインストーリーで触れてもいいくらい大きな事実だと思うのですが…?

 ※一応終盤で「シベリアで殺しておくべきだった」というようなセリフは出てきます。唐突に。


本作最後のベースキャンプ以降に無線から流れてくるトリニティの会話には唖然とさせられました。
なぜか現地に集合していた高等評議会のメンバーたちはヤークシルの襲撃によって壊滅。
ローク司令官はムービーで処理。ララとの直接対決はありそうでないまま退場します。
完全に在庫整理状態。打ち切りが決まったマンガみたいな早さで次々と敵の幹部が消えていったわけです。

あれをトリニティの事実上の終焉だとすると、あまりにもあっさりしすぎているんじゃないかと…。
今後発売される作品にトリニティの影響を残したくなかったのかもしれませんが、にしてもやり方がひどい。


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今ある世界を選び、太陽をふたたび取り戻したララ。しかし、あれからどのようにして救助されたかは不明です。
生贄になるという前振りがうやむやにされてしまったというか、あのへんは解釈次第なのでしょうか。
ほかに説明すべきことがありそうなのに、ぽっと出の新ヒロインであるアビーの話には触れるという…。

新たなプレイアブルキャラとして迎えるわりにはアビーの扱いも軽いですよね。
脈絡もなく登場してジョナといい仲になった以外では、クルマの運転くらいしかロクに活躍の場面もなかったのに
いきなりプレイアブルキャラになると言われても誰も喜ばないし納得もしないでしょう。
ララに匹敵する活躍を見せたウヌラトゥは還らぬ人となったので、繰り上がり当選みたいな感じなのかな…?

ララがふたり同時に登場する前作の協力プレイは異様な光景ではありましたが、そもそもマルチプレイ要素を
トゥームレイダーというタイトルに求めてる人がどれほどいるのか、前々作から疑問でいます。


ララの母・アメリアの形見のブレスレットをウヌラトゥに捧げた真意もあんまりよくわかっていません。
思いが見えないというか、そうさせるほどの関係を描いてこれたとは思えないんですよね。
母親という共通点だけで大切な形見を置き去りにできるものなのか。キーアイテムとしては弱かったかなぁと。

ストーリーに関係する点でもうひとつ言いたくなるのがサウンドトラックの弱さ。
新生三部作では共通のテーマが使われているのですが、本作ではその主張もかなりひかえめな感じでした。
音楽が印象に残る場面も少なかったかな…サンフアン教会の書庫ぐらいしか覚えていません。
前作は音楽の相乗効果もよかったので、そういう観点からも「オススメするなら前作」となってしまうわけです。


Sottr12

このままだと悪いところばかり挙げて終わりになってしまうので、良いと思ったところも紹介しておきます。

今回ストーリー上でもっとも気に入ってるのが2頭のジャガーを倒したあとキャンプで語られるジョナのセリフです。
世界を作り変える力を手に入れたらどうするか?と、ララに問われてジョナが答えたあの言葉。

「この世界が好きだ。完ぺきじゃないけど、俺が好きなものは全部ここにある」

このセリフを引き出してきただけでも「Shadow of the Tomb Raider」は評価に値すると思いました。
ものすごく深いし、プレイヤー自身に「自分はどうだろう?」と考えさせる良いセリフですよね。
本編のラストでも引用されていますし、それだけ本作における重要なメッセージという位置付けだったのでしょう。
新生三部作はジョナの物語でもあり、このセリフにたどり着くまでの冒険をともにしてきた我々プレイヤーとしては
この一言からスタッフロールに突入してくれてもいいと思えるくらい、大きな価値があると感じました。


あと、ところどころに散りばめられている小粋なジョークも個人的には非常に気に入ってます。
クワク・ヤクで遺跡を調べる前にアビーから「壊すなよ」と釘を刺されたり、のちに引用される魚のなる木の話など
前作や前々作では雰囲気的にちょっと出せなかった笑えるセリフがあるのが本作のひとつの特徴です。
三部作の最後、つまり経験を重ねたからこそ出る余裕みたいなものを表現する目的があったのかも。

そのなかでも印象に残っているのが、サンフアン教会の書庫の地下でジョナがころんでしまうシーンなんですが
『十字架の道行き』という日本人にはあまり馴染みのないネタだったせいか、日本人プレイヤーであのシーンを
おもしろいと感じた人は(実況動画をいくつか見た限りでは)そんなにいないのかもしれません。

ただ笑わせるのではなく、笑うのに知識が要るジョークを入れるというのがトゥームレイダーという作品ならではな
感じがしてよかったと思うんですよね。こういうお遊びは大歓迎です。


今後への期待なんですけど、秘宝探索というトゥームレイダーらしい目的に回帰してほしいですね。
敵対組織の妨害とか諸悪の根源の退治とかではなく、純粋に宝探しを楽しむララ・クロフトの姿が見たいです。
悪の魔王を倒して囚われの姫を救う物語はトゥームレイダーじゃなくてもできるし、期待してないので。

次回はエジプトかなぁ。ティラノサウルスは出てこないと思いますが(笑)そんな布石は打たれた気がします。
ハワイに行ったらそれはそれでおもしろいかも。ジョナとの関連性もありそうですしね。



メインストーリー中のセリフでひとつ気になったことを思い出したので欄外に記載しておきます。

クワク・ヤクの遺跡を抜けた先、船着き場のような場所でトリニティの兵士たちが会話してる場面がありますが
あのときボートで運び込まれていた水中ドローン、その後まったく出てきませんでしたよね…?
いかにもな場所でああいうふうに紹介されたので、てっきり水中で邪魔してくる新要素だと思ってたんですが。

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