『十字架の道行き』から考察する「Shadow of the Tomb Raider」
【注意】この記事には大量のネタバレが含まれています!
「Shadow of the Tomb Raider」で個人的に非常に気に入っているのが、ストーリーの後半で待ち受けている
サンフアン教会の地下に広がる『十字架の道行き』をモチーフにした大掛かりな仕掛けです。
ただ、キリスト教に馴染みのない多くの日本人プレイヤーがこの仕掛けを理解するのに苦しんでいた様子。
今回はこの『十字架の道行き』を解説してから、ストーリーとの関連についての考察を書いていこうと思います。
すでにクリアしてしまった人でもそれなりにおもしろく読めると思うので、ぜひお付き合いください。
『十字架の道行き』とは、キリストの受難を順番に描いた一連の絵画やレリーフのことを言います。
かつては実際にその道行きを巡礼していたそうですが、絵画やレリーフが各地の教会内に展示されるようになり
それらの前で受難に思いを寄せ、黙想する、言わば簡易的な巡礼として利用されるようになったそうです。
サンフアン教会の地下ではこの『道行き』を行動で追体験していくことになります。
『十字架の道行き』のひとつひとつの行程を『留』と呼びます。
16世紀以前の『十字架の道行き』は7つの『留』で構成されていました(ララいわく「1600年以前は7つ」)。
T・セラーノの日誌によると、アンドレス・ロペスら宣教師の一行がパイティティにたどり着いたのは1603年11月。
翌年12月18日、パイティティの西に教会が完成。続いて図書館(書庫)の建設に着手します。
厳密に言えば17世紀に踏み込んでいますが、このころはまだ新たな様式へ移行していなかったのでしょう。
17世紀以降は『留』が14まで増え、これが一般的なものとして現在まで伝わっています。
余談ですが、アンドレス・ロペスはローマのイエズス会の資料にも名前が残っている実在した人物です。
パイティティに関する報告書を残しており、これをもとに調査がおこなわれたこともあったのだとか。
イエズス会には陰謀論などオカルトめいた噂がいくつもあるそうで、そのあたりの知識を踏まえてプレイすると
「Shadow of the Tomb Raider」をより楽しめそうな気がします。
※各『留』に併記しているのはスペイン語表記。ジョナがくれたパンフレットからの引用。
【第1留】 イエスは十字架を引き受けた(Jesus carge con la cruz)
書庫の奥に描かれたキリストの壁画の裏に、17世紀ごろに作られたと見られる大きな十字架が隠されている。
十字架をかけることで地下への扉が開く。この動作を含めて第1留であると解釈できる。
この壁画はララの手で取り除かれてしまうため、興味がある人は作業をはじめる前にじっくり観察しておこう。
よく見ると壁画のキリストの頭上には『INRI』と書かれている。
『INRI』とは、「Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum(ユダヤ人の王、ナザレのイエス)」の略である。
【第2留】 イエス、初めて倒れる(Jesus cae por primera ves)
地下に降りた際、思わずころんでしまうジョナ。通る者を跪かせることで第2留を成立させていると思われる。
降り注ぐ光には十字の影。ララが十字架を背負って倒れているように見える。
ここでジョナが読み上げる碑文、「Ambulate dum lucem habetis(光のあるうちに歩め)」はラテン語。
続けてララが「暗闇に追いつかれないよう、光のあるうちに歩め」と付け加える。
どちらもヨハネによる福音書12章35節からの引用。サンフアン教会のサンフアン(San Juan)とは聖ヨハネのこと。
ひょっとしてジョナという名前もヨハネが由来だったりするのだろうか?
【第3留】 イエス、母に会う(Jesus encuentra a su madre)
文字どおり、マリア像が建てられている部屋。
長年堆積したホコリによってマリア像の光背(鏡)が曇ってしまっている。
続く第4留の内容からすると、この光背を拭わせるところまで意図して設計された可能性がある。
第3留へ来る途中、ジョナが「十字架の向こうに頭を飛ばされたくない」という意味ありげな発言をするのだが
調査不足か、いまのところ真意はよくわかっていない。サロメの逸話だろうか…?
【第4留】 ベロニカ、イエスの顔を拭う(Veronica enjuga el rosto de Jesus)
聖ヴェロニカ(ベロニカ)は聖顔布のエピソードで知られるカトリックの聖人。
キリストの顔を拭いた際、その顔が布に写し取られたという。驚異のクレンジング能力をもった布である(不敬)。
外典においてヴェロニカは、12年ものあいだ不治の病に苦しみ続ける女性として描かれている。
新生三部作のララは9歳で母を亡くし、初めての冒険(邪馬台国の一件)のときは21歳だった。
その間12年。癒えることのない心の闇に苛まれ続けたララの境遇はヴェロニカとやや重なるところがある。
4枚あるフレスコ画のうち、女性(ベロニカ)が描かれているものが正解。光を照らして先へ進む。
最初にララが触れた場所と遺体が刺さっている場所はあらかじめ除くことができるので、選択肢は実質2つ。
正解を選んだ時点でララが「こうね」とつぶやくので、ヒントがなくても突破できてしまう。
【第5留】 イエス、ふたたび倒れる(Jesus cae por segunda ves)
第2留に続き、ふたたびころんでしまうジョナ。今回は2度目ということもあってかララも一緒にころぶ。
正面に見える光が十字をかたどっており、サンフアン教会のなかでも印象的な場面となっている。
ここでは特に書くことがないので少し脱線するが、書庫以降のチャプターのタイトルは「道と真理」となっており
英語版ではここだけ英語ではなく、「Via Veritas」とラテン語で表記されている。
これはヨハネによる福音書14章6節からの引用で、本来は「Via Veritas Vita」と3つの単語で構成される。
「道と真理と人生」を意味するこのフレーズは教育機関や政府のモットーとしてしばしば使われる。
【第6留】 イエス、十字架にかけられる(Jesus es clavado en la cruz)
広い礼拝堂にミイラを用いた模型が左右に3つずつ、合計6つ飾られている。
この部屋全体で第6留なので、十字架にかけられる様子を再現しているものを左右から1つずつ選ぼう。
(「6つの模型から第6留と第7留を選ぶ」と勘違いするプレイヤーが結構多い)
この部屋でジョナが「肉体は殺せても、魂を殺すことのできない者を恐れてはならない」とつぶやく。
(英語版では先に「that inscription」と言っており、これも碑文を読み上げていることがわかる)
マタイによる福音書10章28節からの引用で、ようするに「暴力や弾圧に屈しない」という意志を示すものだ。
くじけない信念をもつふたりにふさわしい表現である。本当に恐ろしいのは魂をも滅ぼす存在だ。
ちなみにイージーだと、ローマ兵が釘を打ち付けている様子であるという説明をララから聞くことができる。
【第7留】 イエス、埋葬される(Jesus es dejado en un sepulcro)
すべての仕掛けを突破した先にアンドレス・ロペスの遺体が埋葬されている。
ロペスは最後に自分自身を埋葬することで、残りの第7留を完成させたことになる。
ロペスの遺体の背後に書かれている「Tantum manus accipiat Fatum Iustum meus ab」はラテン語。
「正しき者の手のみが、我が手から定めを手にすることができる」とララが読み上げる。
(英語版は「Only the hands of the Righteous One may seize destiny from mine」)
これもなにかの引用かと思って調べたが、該当しそうな文章が見つからなかった。
みずからをアンヘル・デ・ラ・クルス(十字架の天使)と呼び始めたロペス。
アンヘル・デ・ラ・クルスという名前はスペインではさほど珍しくないようだが、この名前を自称するあたりに
ロペスの高揚や倒錯、独善的な側面がうかがえる…ような気がする。間違った解釈かもしれない。
第7留は英語では「Jesus is laid in the Tomb」と表記される。キリストはトゥームにレイドされたのだ。
で…ここからが本題なんですけど(前置きが長すぎる)、「Shadow of the Tomb Raider」のメインストーリーって
この『十字架の道行き』をなぞって書かれたものなのでは?と、調べていて思ったんですよね。
ストーリーで起きた出来事を『留』として考えると、以下のように分けられます。
①鍵の短剣を手に入れ、浄罪がはじまる
②鍵の短剣をドミンゲス博士に奪われる
③過去の回想(亡き母・アメリアの思い出)
④アビーやウヌラトゥと出会い、助力を得る
⑤銀の箱をドミンゲス博士に奪われる
⑥ウヌラトゥの代役として、みずから生贄となる
⑦トゥームで最後(最期?)を迎える
ちょっと強引なところもありますが、それほど無理のある解釈でもないと思います。
罪をみずから背負い、女性の支援があり、2回のつまずきを経て、己を犠牲とする定めを受け入れる。
16世紀以前の7つの『留』にピッタリ当てはまるんですよね。
実際のところはスタッフにでも確認しないとわかりませんが、ひとつの考察としてはおもしろいのではないかと。
というか、そういうふうに捉えてプレイしたほうがストーリーに深みを感じられてよいと思います。
【オマケ】 サンフアン教会の書庫に隠されている壁画の解説
「太陽は暗くなり、月は光を放たず」
マルコによる福音書13章24節からの引用。壁画では前後がやや切れている。ラテン語の全文は以下のとおり。
「sed in illis diebus post tribulationem illam sol contenebrabitur et luna non dabit splendorem suum」
「その翼の下にかばってくださる」
詩篇91章4節からの引用。壁画には一部しか記されていない。ラテン語の全文は以下のとおり。
「Scapulis suis obumbrabit tibi, et sub pennis ejus sperabis. in decacordo psalterio cum cantico in cithara」
このふたつの引用をもって『サギと日食』を表している。
ちなみにサギには「雨を呼ぶ鳥」という言い伝えがあり、イシュ・チェルやチャク・チェルの特徴とも結びつく。
「Shadow of the Tomb Raider」には前作のようなチャプターリプレイモードがなく、サンフアン教会の部分だけを
ふたたびプレイするというようなことができないため、今回の記事のためにもう1周しました(笑)
都合4周くらいしてる計算になるんじゃないかな…確実に定価を取り戻せるくらいはプレイしていると思います。
しかし、何周してもメインストーリーはアレですね。問題点が随所にあって気になって仕方がない。
今回のララ・クロフトは水に落ちすぎ。この記事で紹介した『十字架の道行き』の最後でも水に落ちますしね。
移動経路として水場や水中が多いのは、マヤ文明とセノーテの密接な関係から来ていると考えられます。
セノーテとは、陥没した大穴に水が溜まり泉となったもの。隣接する鍾乳洞にも水が流れ込み、水没しています。
巡礼や崇拝の対象、供物を捧げる場所とされているものもあるのだとか。
今回の冒険でララとジョナが最初に訪れるメキシコのコスメル島は、セノーテの存在で知られる観光地でもあり
コスメルという地名もマヤ語が由来であるなど、本作の冒頭を飾るにふさわしい土地だったのです。
コスメル島はイシュ・チェルの聖地でもありまして、このへんも調べるとおもしろい情報がたくさん出てきます。
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